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祈り(勤行)、禅定、法話




仏教の祈り
 仏教では、「自分の利益=自利」を願って祈ってはなりません。
子供の幸せ、父母の幸せ、友の幸せ、世界の平和、故人の冥福、つまりを「利他」を祈ることとします。
よって仏教では、人間にとって一番大切なことは「祈り」であるとします。
原始経典『ダンマパダ』には、つぎのようなお釈迦様のことばがあります。

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おもいを寄せて
   
   (私)ゴータマの弟子はいつも目覚めていて、昼も夜もブッダ(仏)を念じている。
   (私)ゴータマの弟子はいつも目覚めていて、昼も夜もダンマ(法)を念じている。
   (私)ゴータマの弟子はいつも目覚めていて、昼も夜もサンガ(僧)を念じている。
   (私)ゴータマの弟子はいつも目覚めていて、昼も夜も心の統一、禅定を楽しんでいる。

中村 元・訳『ダンマパダ』296、297、298、301


 「仏」を念じるのは、祈りの中で聖なるブッダと見え、そして心を結び、家族の幸せ、友の幸せ、
世界の平和、故人の冥福を祈るためです。
また、「法」念じるのは、真理を心に刻むためです。そして「僧」を念じるのは強く、明るく生きる
ためです。
 では、仏教の祈り、誦経、念仏、禅定について、説明します。

誦経ずきょう
 誦経とは『法』を念ずる祈りです。そこでマイトリー寺院では『般若心経』、『無量寿経・光明歎コ章』、『法華経・第2方便品』、『法華経・第25観音経』を呉音で、それに『ダンマパダ』、『スッタニパーダ』のブッダのことばを現代語で読経します。
それは、つぎの3つの要点で形成されています。

 一つには、仏教の祈りは聖なる如来・仏・菩薩と仏教の守護神、それに己の命の根源であるご先祖との交流、すなわちコミニュケーションです。
 仏教では「人は何億年前、いやもっと遙か何百億、何千億年間から、いや不始の時代から、聖なる如来、仏、菩薩などの無量なる慈しみと悲れみによって、たくさんの命が育まれ、今に生きている。いや生かされいる。決して自分一人の力で生きているのではない。」とします。
 ゆえに、私たち仏教徒は聖なる如来、仏、菩薩、それに私たちのご先祖と祈りによってコミニュケーションを図り、心を結び、感謝の心で明るく、強く生きることとします。

 二つには、仏教の祈りは《こころ》と《ことば》と《行ない》のクリーニングです。
お釈迦様は、「人は本来、善でも悪でもない。清浄である。」と説きました。つまり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のように「性悪説」ではありません。仏教は『自性清浄説』あるとします。
 しかし、残念なことに私たちは日頃、さまざまな煩悩にとらわれて、本来は清浄な己を「こころ」によって、「ことば」によって、「行ない」によって汚しています。
 ゆえに、仏教徒は祈りによって、その汚れと垢を洗い流して聖なる仏とこころを一つし、清く、正しく生きることとします。

 三つには、『慈悲』の実践です。
 お釈迦様は「人は本来、清浄なるゆえに誰もが聖なる仏性を保持している。その真理を悟り、聖八正道と菩薩行(慈悲)に励み、聖なるブッダに成れ、それが永久とわに幸成る至福への道である。それには先ず、菩提心を発すこと」と説きました。
これを「皆悉仏性かいしつぶっしょう発菩提心ほつぼだいしん」と言います。菩提心とは、悟りの心、慈悲の心のことです。

 そこで、仏教徒は菩提心をおこ発して、聖なる如来や仏や菩薩を仰ぎ見て、子供の幸せや、家族の幸せ、友の幸せ、世界の平和、故人の冥福を祈ります。そして、聖なるブッダに成ることを誓います。私たちはこの心を行住坐臥に持ち続けることによってブッダと成り、やがて、永久に幸成る世界で生きられるとします。

 このように、仏教では自利を願い祈ってはなりません。仏教では人の幸せ、家族の幸せ、友の幸せ、世界の平和を願うことが祈りです。ゆえに祈りは慈悲の実践なのです。
 


念仏
  念仏とは、阿弥陀仏の救い(これを「本願」という)を信じて、心の中で、また声を出して「南無阿弥陀仏」と念ずることをいいます。
 心の中で阿弥陀仏を想い描きながら祈るのを「観想念仏」と言います。声を出して阿弥陀仏の名を唱えるのを「口称念仏」、または「称名念仏」と言います。
 それは、ただひたすら無心に念ずることによって、阿弥陀仏と心を結び、強く、正しく生きるためのものです。 また阿弥陀仏と一つになることによって、一人ではなく、希望をもって明るく元気に生きるためのものです。


禅定(坐禅)
  仏教は、お釈迦様が難行苦行の末に、ピッパラ樹の下で禅定して真理を悟られ、そしてブッダに成られたことによって誕生しました。ゆえに、禅定は仏道修行において基本中の基本とします。
 ちなみに、禅定」はサンスクリット語ジャーナの音写訳の「禅」と意訳の「定」を合わせた造語で、それは事物の本質やものごとの真理を見るために、また迷い、執着から脱するために、また自己を見証するために、一人静かに心を統一する行のことです。
 この禅定をもって、仏教徒は宇宙と一つになって、『仏』と心を結び、そして心を浄め、心豊かに、心平らに、心安らかに生きることとします。
 禅定には、先ず坐禅があります。また、四国八十八箇所巡りや千日回峰のように無心に歩く行も禅定の一つです。これを「行禅」といいます。また、念仏のように無心に「仏」を念ずるのも禅定の一つです。


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