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宗教とは



宗教とは何か?

「きよ聖く」、「正しく」なければ宗教ではありません。
そこに、生きる「勇気」、「喜び」、「希望」がなければ宗教ではありません。
もちろん、「慈しみ」すなわち「慈愛」「友愛」がなければ宗教ではありません。
そして、「安楽」すなわち「安らか」で、「楽しく」なければ宗教ではありません。
さらには、「尊厳」すなわち「厳しく」「尊く」なければ宗教ではありません。
あなたは、このような宗教を持っていますか?
また、今、あなたが信じている宗教は大丈夫ですか?


ちなみに広辞苑で、宗教は?

  岩波書店発行の広辞苑こうじえんは、「宗教とは神または何らかの超越的ちょうえつてき絶対者、あるいは卑俗的ひぞくなものから分離され禁忌きんきされた神聖なものに関する信仰、または行事。それは神や聖霊や祖先や自然に対する崇拝である。」として、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教の世界宗教ばかりではなく、ヒンズー教や日本の神道、中国の道教など、世界中のあらゆる民俗信仰を総称して『宗教』と呼んでいます。しかし、本来は違います。



では、宗教の本来の意味は?


  文化勲章を受章された諸橋徹次博士をはじめとする漢字学者たちは「宗教という言葉は、紀元1世紀頃の漢の時代に、『宗』は人はどう生きるべきかの崇高な教え、または究極的な理、奥義、要旨の意味で、『教』はそれを相手に応じて説いたものの意味で仏教を指して生まれた。」と言っております。
 端的に言えば、「宗教とは人間が尊厳を持って、どう崇高に生き、どう崇高に死ぬかの教え、またその答え」で、それは仏教のことでした。
 それゆえ求道者ぐどうしゃで遊行詩人であられる坂村真民氏はつぎのようにんでいます。

   宗教とは
   何を信ずると云うことではなく
   どう生き
   どう死ぬか
   ということだ
   それが分からないと
   いつまでたっても
   本ものにはなれず
   いきいきした
   筋金が入ってこない

            ー坂村真民


  中国では、先ず「お釈迦様の教えは宗教である」と定義しました。そのうえで、サンスクリット語ブッダ・ヴァチャナ(ブッダの教えの意味)を「仏道」と意訳しました。
 つまり、お釈迦様の教えは崇高なる人間、すなわちブッダに成ることから、老子思想で究極的な真理をあらわす『タオ』を充てたのです。
 そして、これが我が国に伝来。我が国でも江戸時代まで仏教は仏道で、仏教だけが宗教でした。日本古来の神道しんとうやキリスト教などは宗教ではありませんでした。
 その「仏道」が、我が国で「仏教」になったのは明治時代に入ってからのことです。それは、西洋経由でパーリ語経典やサンスクリット語経典が伝来したことによります。そのとき、我が国の仏教学者達がブッダ・ヴァチャナ、つまりブッダの教え、仏教という正式名を知ったのです。
 また、この明治時代、英語の『レリジョン(religion)』の訳語に『宗教』が充てられました。これにより宗教はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、神道など、すべての信仰活動を総称する言葉となりました。
 と同時に、明治政府は廃仏毀釈などの仏教弾圧政策を施行したことから、一挙に仏教離れが進み、人々の脳裏から仏教=宗教という概念が吹き消されてしまったのです。

 一方、英語の『レリジョン』も宗教と同様に、本来は宗教一般を指す言葉ではなかったとされます。
 東大出版会の『宗教辞典』は、「レリジョンは、ラテン語レリゴ(relgio)を進化させたもので、それは不思議な事物に接したときの畏怖、不安、疑惑の感情と、その感情を引き起こす対象に対する態度、行動、儀礼の意味」としています。
 そして、この『レリジョン』の対象は唯一絶対でなければならない。つまり、唯一絶対だからレリジョンなのです。

 そこで、ユダヤ教徒がレリジョンするのは、ユダヤ人のみを愛する(これを選民思想という)とする旧約聖書と、全知全能の神、唯一絶対神ヤハウェです。
 また、キリスト教徒がレリジョンするのは、イエスが説かれた教え(新約聖書)と、父なる全知全能の神ヤハウェ(キリスト教徒はエホバとも呼ぶ)と、父なる神の子イエス・キリスト、それに神の働きである精霊です。
 そして、イスラーム(イスラム教徒のこと)がレリジョンするのはアラー(英語Godと同意。唯一絶対神ヤハウェのアラビア語呼び名)と、ムハンマド(マホメット)が大天使ガブリエル(イエスの誕生を聖母マリアに受胎告知した天使)を通してアラーから啓示された聖典『コーラン(となえるものという意)』です。



神の宗教と人間の宗教

 宗教学者たちはユダヤ教、キリスト教、イスラム教を「三大一神教」、そしてそれぞれに神の教えであることから、「神の宗教」と呼んでいます。
 またこの三宗教は神の教えであるために、それぞれが絶対に正しく、相手の主義、主張を認めるわけにはいきません。ゆえにいまだに相争っています。

 しかし、仏教は違います。仏教ではブッダや如来を感謝の心で、また親しみを込めて、ブッダや如来を思慕しぼし、敬礼きょうらいします。レリジョン(畏敬いけい)しません。
 というのも、仏教は聖なるブッダや如来に導かれて、誰もが聖なるブッダに成る教えであるからです。しかも、この教えはブッダに成られた聖なる人間、お釈迦様が説かれたもので、神が説いたものではありません。ゆえに、宗教学者たちは仏教を「人間の宗教」と呼んでいます。

 ちなみに、欧米では当初、仏教はレリジョン(西洋思想的な宗教)と見なされませんでした。それは人間の宗教であるがゆえに「神を欠くから」と言う事由でした。
 欧米人が仏教をレリジョンと見るようになったのは近年の一九世紀後半のこと。それはフランスの社会学派デュルケム(1858〜1917)が、「宗教の本質要素は、『聖なるもの』に関する信念と行事と共同社会である。仏教は神を欠くが『聖なるもの』の存在、すなわち四つの聖諦(四諦八聖道)と、それから生ずる行事の存在が認められる。因って、仏教はレリジョンである」(増谷文雄著『現代仏教入門』角川書店)と定義したことによるとされています。



今、日本人が大切にしなければならないもの

 これまで述べたように「レリジョン」と「宗教」は根本的には違います。宗教とは人間の最高道徳のことです。
 その「宗教」について、現代の哲学者梅原たけし氏はつぎのように述べています。

 宗教がなかったら文明がなかった。文明があるところには宗教がある。宗教がなかったら倫理道徳がなかった。倫理道徳は宗教があって確立される。宗教のない科学は人間や地球を豊かにしない。宗教は利他でなければならない。ー中略ー。人間中心主義なら人類はあと五百年も持たない。
                       (梅原猛著『梅原猛の授業「仏教」』より)
 
 ちなみに、日本人で初めてノーベル賞を受賞した物理学者湯川秀樹博士(1907〜1981)の「中間子論」は、空思想を説く『般若心経』と、宇宙のすべては「一即一切、一切一即」(一の中に一切を含み、一切の中に一が遍満して、互いに交わりあいながら流動している)と説く『華厳経』が発想の源であったとされます。
 また、かの川端康成やすなり氏(1899〜1972)がノーベル文学賞を受賞した際のストックフォルム・アカデミーにおける記念講演は、「美しい日本の私」というテーマで、日本の文化、日本人の心の根底には仏教という宗教があるというものでした。

 しかし、残念ながら、今、我が国のほとんどの人が宗教=仏教に対し、関心を持っていません。逆に、今、ほとんどの人が「無宗教」といって仏教を軽べつしています。
そのような人に、「では、何があなたの心の拠りどころですか」とたず訊ねると、ほとんどの答えが「科学」です。中には「お金」と答える人もいます。
 「お金」と答える人は論外として、「科学」は確かに私たちにたくさんの「富」をもたらしました。しかし、「科学」が人間の心の拠りどころになることには、科学者さえも危険を感じています。それは、福島の原発事故を見れば明らかなことです。
 その一方では、今、本来の宗教からまったくかけ離れた宗教、いわゆる金持ちに成れる、病気が治る、超能力がつく、夢が叶うなどといった宗教に走る人が非常に増えています。
 しかも、このような宗教にと 執らわれている人たちは、己が信仰する教団の教えが絶対であるとして非常に独善的、執着的、且つ排他的です。
 それゆえ彼らは、常に戦っています。いや、戦わされています。従って、そこには安らぎはありません。真の宗教を知るものから見れば、何のための信仰かまったく理解できません。

 なぜ、今、このように宗教に無関心な人と、本来の宗教からまったくはずれた信仰に執着な人の両極化が進んでいるのか?
 それは「宗教」という言葉の本来の意味が知られていないからです。また僧侶たちが真の宗教、すなわちお釈迦様の教えを語らないからでもあります。
 もし、「宗教」という言葉の本来の意味が、日常、人々の間で語られて、誰もが知っているとするならばどうでしょう。私はあの忌まわしい「オウム真理教事件」や「法の華事件」、さらにはお釈迦様の生まれ変わりなどと称して、宗教をビジネス化して、人を惑わすような似非宗教による悲劇は起こるはずはないと確信します。
 そればかりではありません。今、つぎからつぎと発生している青少年の犯罪。学校でのいじめ、不登校。さらには未成年者の堕胎。子に対する親の虐待。そして今や数百万人はいるだろうとされ、年々増え続けている鬱病患者と、その延長線上にある年間3万人を超える自殺。そして子供だけではなく、成人に達した人たちも含めて50万〜60万人はいると言われてる引きこもりなど。これらの問題はきっと半減するに違いありません。
 ゆえに、私はお釈迦様の教えを皆さんに学んで欲しいのです。そして、人々に語って欲しいのです。
 お釈迦様は、修行者たちにつぎのように説いています。

     修行者たちよ、私は『ダンマ』を知ってあなた方に説き示した。
     あなた方はそれをよく理解し、実践し、実修し、広めなければならない。
     それは清浄な行いを永続させ、いつまでも持続させるため、
     すなわち、生きとし生きるものの幸福のため、世間への慈愛のため、
     人間・天界の幸福のためである。

(菅沼晃著『釈迦のことば・「長部経典」』より)


 ちなみに、かのノーベル物理学者アインシュタイン(1875〜1955)は「仏教は近代科学と両立可能な唯一の宗教である」と言っています。
 そして、イギリスの歴史学者アルノルド・トインビー氏(1889〜1955)は、「仏教と西欧の出会いは、二十世紀のもっとも有意義な出来事である」と言っています。
 最近では、アップル創業者スティーブ・ジョブズ氏がおられます。ジョブズ氏は道元禅師の禅思想に感銘して、曹洞宗乙川弘文老師に師事。そして修行を重ね、事業も坐禅することも同じと悟って事業を展開し、その生涯を終えました。
 であるからこそ、私たち日本人が今、大切にしなければならないもの、そして世界に発信しなければならないもの、それは真の宗教、すなわち仏教であります。                                      

合掌

半僧半俗の仏教伝道者 随誉昭道



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